心地よい場所 -妄想旅行 otherside-
2021.05.10
晴れた日の何気ない1日すら愛おしい
自分だけのお気に入りの場所で過ごす、
もうひとつの妄想旅行
まだ少し冷たさが残る五月の風が、
シャツを揺らす。
今日から休みだが、二駅先の実家に
いつものように顔を出すくらいしか予定がない。
電車に揺られ、家に着くと真っ先に向かう場所。
日の光で焼けてしまった肘置き、
光沢が程よく出たレザーのソファ。
少し沈んだ左側が自分の定位置だ。
思えば去年もここで過ごしたが、窓からの景色は少し変わった。
紫とも青ともいえる、鮮やかな桔梗が数本見える。
読みかけのまま残していた小説を、
手に取った。
なぜ買ったのかはもう覚えていないが、
前よりも手に馴染む気がするのは、
恐らく母がここで読んでいたからだろう。
帯を付箋替わりにするくせは昔から変わらないようだ。
何年か前に張り替えられた畳と障子。
大好きな「い草」の香りと、穏やかな光。
雑多に積まれた座布団を枕代わりに、
一息つく。
近所の公園から聞こえる子供の歌声、
台所からはそれに合わせた母の鼻歌が流れる。
いつの間にか眠っていたらしい。
夕飯まで少し時間がある。
壊れたから直してほしい、と連絡があってから
何年もそのままにしていた
折り畳みのテーブルを何気なく覗き込むと、
怪獣とヒーローが闘っている絵が、
油性ペンで書かれていた。
「捨てられないのよ」と電話ごしで笑っていた理由がようやくわかった。
夕飯後、叔母から電話があった。
すぐ近くに住んでいるから、顔を見に来ると言われたが、
久しぶりすぎてなにを話せばいいかわからない。
たまたまかばんに入れていたジャケットに
急いで着替え終わると同時に、チャイムが鳴る。
せっかちなのは相変わらずらしい。
アラームをかけずに寝たのに、いい香りにつられ目が覚めた。
お気に入りの上下に着替え、朝食を待つ。
思えば何年も前から、帰ると決まって朝食の献立を聞かれる。
普通は夕食だろう・・・といつも思うが、
食べたいものの香りがすれば起きる、
という我が家独特のルールがある。
昨日にも増して快晴。
早々に帰ろうかと思っていたが、
叔母の話を聞きつけた甥っ子が来るという。
「涼君ちの古いゲームやりたい」といつも話す甥も
もう5歳。
きっと来年は、たくさんの友達に囲まれて、
泥だらけになって毎日帰ってくるのだろう。
「こんにちはー!」
電話があってものの5分。
せっかちだな、と心で笑う。
二人で花でも買いに行こうか。」
THANK YOU May 9.
MODEL:YOSHIAKI TAKAHASHI(BE NATURAL)
PHOTOGRAPHER:YOSUKE EJIMA
HAIRMAKE:NARUMI TSUKUBA